賀川豊彦(1888~1960)

賀川豊彦

 1909 年12 月24 日、21 歳の賀川豊彦は貧困にあえぐ人々のために献身しようと、当時、劣悪な環境で生きることを強いられた人々が生活する地域に入っていきました。 賀川豊彦は当時死の病と恐れられていた肺病を病み、余命幾ばくもないと宣告された身体でしたが、貧困と差別のただなかにあって困難を抱えた人々と共に暮らし、徹底してこれらの人々のために働いたのです。

 その1909 年から1923 年までの14 年にわたる神戸での活動は、福祉の向上を目指してキリスト教伝道にはじまり、労働運動、農民運動、協同組合運動(生活、農業、漁業、林業、医療、共済)、 平和運動、無産政党活動に発展しました。その働きは、神戸に止まらず、関東大震災の救援を契機に日本全国に広がりました。

 豊彦は、福祉、教育、医療、生産、労働、協同組合、平和、人権、共生という、私たちの暮らしを支える根幹を築くことに、その生涯を捧げました。

スラムでクリスマスに集まった人たち